(6)、「同意相受」の「相受」について
以上を許慎の『説文解字』の「許叙」に載る転注文字の原理と挙例の二字、「老」、「考」の考察の基にすると以下の結論が導かれる。
「老」とは、①肉体的に連続する疲労感の払拭が困難な状態を言い、「考」とは、②精神的に連続する疲労感の払拭が困難な状態を言う。随って「老」字と「考」字は「同意」の関係にある。「肉体的」と「精神的」と言う表現部が上に言う「異方向性の義」に当たる部分である。①と②のそれぞれのアンダーライン部が「同じ作字の動機」にあたる部分である。
「同意相受」の「相受」の「受」字は『説文』に「相付也」と載る。玉裁は「付、与也」とする。
「同意受」は「同じ作字の動機」を持つ二字が互いに「異方向性の義」の一方を持つことを言う。「老」字は「肉体的」な義、「考」字は「精神的」な義をそれぞれ付与されることを言う。
「同意相受」の「相受」となると、「相付」が二重になることを言う。
つまり「自分が持つ義は相手が持たない」「相手の持つ義は自分が持たない」と言う意味になる。肉体的に連続する疲労感の払拭が困難な状態を専ら言うのは「老」字であり、精神的に連続する疲労感の払拭が困難な状態を言うのは専ら「考」字の役務となる。「相受」と「相」字を挿入したのは「老」と「考」の二字で全ての「老い」を言う為である。有無の相互交換性を共有し、同一概念全域を網羅しているのである。随って「老」字を説明した後、その他の「老い」は「考」字で表現すると規定さえすれば、見た目の老いではない抽象的な精神的老いを「考」の一字で簡単に表現し得ることになる。これが転注文字の齎す便宜性の一つである。或る概念をより鮮明に表現する為に転注文字の原理は考案されたのである。
『転注』語の所以は「有無の相互交換性」を水に擬えたのである。「注」とは水を注ぐことであり、水は上から下に流れる。これが逆流することが「転注」である。
(三)、「至と到」の転注的使用法
指事文字を転注文字の原理に則り使用すると想像以上の効果を生む。
1,「至」字について
「至」字を許慎の『説文解字』にみると、「至、鳥飛從高下至地也。从一、一猶地也。象形」とある。末尾に「象形」とあるが、「至」字は、指事文字である。随って「从一」語は義符ではない。次に続く「一猶地也」語を「一の字は地のゴトクなり」と訳せることから、「从一」語を「地に順う」と訳す。随って「至、鳥飛從高下至地也。从一。一猶地也。象形」と言う句は「至とは、飛ぶ鳥が高き(所)より下り、最終的に地に止まる形を象るものである。」と訳出できる。「从一」部分は地に辿り着いた鳥の心がようやく安らぎを極める、と言った訳の方が好いかも知れない。「至」字の本義解説に引用されている「從」字については既に述べたが、鳥が高所から地面に着くまでの間、幾か所かの枝に停まり、羽をやすめながら、段々に地に降りてくる、というイメージを生む。つまり、高いところより、一気には地上に降りて来ないのである。
許慎は、更に「不上去而至下來也」の句を添え、「至」字の定義を完成させる。
「去」字は、相離れる、の義であるが、片方のみ離れる場合は、「ユク」の意と解す方が好いようである。「上に去(ゆ)かず、而して下に至り来る也」と訳せる。この件の鳥は、高きより地に下る際、途中、上に戻ること等せずに、つまり、決して大地への方向を違えることなく、段々に(幾か所かの枝に羽を休めつつ)下りて来るのである。「從」の字義に照応させているのである。
「至」字が指事文字であるということが、倭人伝所載の「 至」字の意義の解明に極めて重要なヒントとなる。『説文解字』は、今述べた「鳥の動き」の説明を忠実に脳裏に浮かべて、漢籍の「至」字使用部分を解読せよ、と言っているのである。指事文字とは、そのようなものなのである。
2、「到」字について
「到」字は、『説文解字』に、「到、至也。从至刀聲」とある。
『説文解字注』の段注は、「大雅曰、靡國不到」、「論語曰、両言民到於今」、「釋詁曰、到至也」と言う三つの例を挙げている。
大雅曰の「靡國不到」とは「行ったことのない國はない」、つまり「非」の類字「靡」字と「不」字の二重否定形で「すべての国に行った」、の意になる。
「不到」は「実際に行ってない」と言う意だから「到」字になる。(或いは自国から最終訪問国に至る間に脇道にそれた国にも訪問しているので「不到」の様に「到」字が使用される。)
論語の「両言民到於今」とは、意見を定めずに民に伝えれば、(民は納得が出来ず)「今」に戻ってしまう、という程の意味である。この「今」の字義は現在から、まだほど遠くない過去のことである。つまり現在と過去の間にある時間を意味している。直前の王朝の意である。因みに 「於今」の「於」字には、対向せる、の義がある。つまり、「今という過去に向かって、まっしぐら」と言う意味に引用されている。過去に戻るから、時の流れに逆行するので、「至」字を使用出来ず、「到」字を用いるのである。
許慎の「至」字には、「達する。極まる」の義を見出す。また段注の引用した「到」字には、「辿り着く。逆行する」とした義を見出すのである。


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