(二)、許慎の言う転注文字の原理について
1、六書(りくしょ)とは
漢字には単体と複合体の二種類がある。単体漢字に指事文字、象形文字の二種類がある。複合体漢字には漢字の構成と用法を言う二グループがある。漢字の構成グループに會意文字と形聲文字があり、漢字の用字グループに転注文字と仮借文字があるである。これを六書と謂う。
『説文解字』の「許叙」に六書の原理定義と挙例がある。以下が其である。
周礼八歳入小學、保氏教國子先六書。
一曰指事、指事者、視而可識、察而見意、二、=(この字、私のPCにない。上と下を表し、上の短い二の字が上、下の短い二字が下字を表す。)是也。
 二曰象形、象形者、晝成其物、随體詰、日月是也。
 三曰形聲、形聲者、事爲名、取譬相成、江河是也。
 四曰會意、會意者、比類合誼、以見指撝、武信是也。
 五曰転注 、転注者、建類一首、同意相受、考老是也。
 六曰仮借、仮借者、本無其字、依聲託事、令長是也。
極めてシンプルな定義と挙例である。しかし六書を記す最古のもので、漢字研究の不可欠の遺産である。
 読み方は次のようになる。
 周礼に、 八歳にして小学に入る。保氏、國子に教えるに先ず六書を以ってす。 保氏というのは周礼に出る官職名である。 八歳にして学問を開始する。 最初に教えるのは「六書」だという。随って上に挙げた六書の定義は八歳の子供が理解できる内容と考えざるを得ない。
 一に曰く、「指事」、指事とは、視て識すべく、察して意をみるべき。上、下是也。
 二に曰く、「象形」、象形とは、画がきて其の物と成り、体に随いて詰す。日月是也。
 三に曰く、「形聲」、形聲とは、事を以って名を為し、譬えを取り相成る。江河是也。
 四に曰く、「會意」、會意とは、類を比し誼を合し、見を以って指撝す。武信是也。
 五に曰く、「転注」、転注とは、類の一なる首を建て、同意相受く。考老是也。
 六に曰く、「仮借」、仮借とは、本其の字無く、聲に依り事を託す。令長是也。
2、『転注文字』とは
(1)、原理と挙例
「許叙」に「五曰転注」として転注文字用法の原理と挙例が以下のように書かれている。
「転注者、建類一首、同意相受、考老是也」
「建類一首、 同意相受」部分が用法の原理を言い、「考老是也」は挙例である。「老」字がその本字であり、「考」は転注字である。読み方は「類、一首を建て、 同意相受く。考・老是なり」となる。
(2)、「建類一首」の訳出
「類」字は六書の會意文字の原理に「比類合誼」と既に使われている。この訳出は「義符として用いられている二つの漢字の義を比較して、その意味を組み合わせる」ことを言う。随って「類」とは、字義そのものと見てよいことになる。
随って、「建類一首」とは 「義の一、つまり同義なる首を建て」という意になる。
『転注』を定義する許慎が用いた「建類一首、同意相受。考老是也」という句の中で最も現代人が訳し難いのは「建」字であろう。「建」字は「律」の省画字「聿」と「廴」の会意文字である。朝廷の法律を立案することを言う。「類一、つまり同義なる首を建てる」とは「老」字の持つ義、「老いる」という義を持つ転注字を立案することである。「考」字が建てられた。『説文』の「老」字を「考也」とし、「考」字を「老也」とする所以である。互訓の関係を結ぶことで「建
類一首」が成立する。つまり「老い」と言う義を共有する二字が揃うことになる。
(3)、「老い」の中身について
「老」字の説明に「七十曰老」、「言須髪変白也」の表現がある。七十を「老」と言い、アゴヒゲや髪が白いことを言う、と訳される。人の容姿に窺えることのみを著している。随って「老」字は人の肉体的な老いを言う。となれば、「考」字は当然精神的老いを言う。
(4)、「考」字が独自に精神的「老い」を言う理由について
「考」字の聲符 「丂」字について考察すれば次のようになる、
「考」の本義は「老」なのだが、聲符の「丂」字はその老いと言う概念の意味的方向性を明晰にしている。
「丂」字を『説文解字』に調べると「気が舒び出るのを一の字が妨げている貌」 であることが分かる。気とは、精力の源であり精神の基である。それが「一」により妨げられている。つまり「老い」である。「丂」は「考」字が人の精神的な老いを言う為の助力を為していると言える。ただし、「考」字のもつ意義的範囲に立ち入ることはない。つまり聲符の所以である。
「考」字は、人の精神的な老いを、「老」字は肉体的な老いを表現する意図を持って造字されたのである。人の老いを精神的と肉体的という側面で区分するとその他という老いは存在しない。つまり、老いは「考」字と「老」字の二字に依って余すことなく表現される事になる。この情況を『転注』文字はその用字原理の不可欠な条件とする。
(5)、「同意相受」の「同意」の定義
この「同意」と言う概念は「建類一首」により生まれた「老」、「考」と言う新たな異なった概念を持つ二つの漢字の作字の動機が同じであることを言う。随って二字の共通の義、「老い」を意味しない。
以上を証明する善き例がある。
『説文解字』の四篇上の「羊」部の「羋(び)」に「羋、羊鳴也、从羊、象气上出、與牟同意」と載る。羊泣くなり、羊に从(したが)い、気の上に出るを象どる、と訳せる。
ここに出る「與牟同意」の「同意」語を解明することで上述が明らかになる。
「羋」の小篆字は羊の頭部から気が立ち上る貌の象形である。随って羊が鳴く義となる。これが「牟」と同意であると言う。
『説文解字』の「牟」字には「牟、牛鳴也。从牛。象其聲气従口出」とある。その聲は気が口より出ることを象る、と訳せる。「牟」字の「厶」字が「牛」字の上に乗ることから羊と牛の鳴く事に共通する表現は、口から気が上に出ること、と言える。
随って「羋與牟同意」と言う句の「同意」とは鳴く主体が「羊」と「牛」という別の生き物なのに、その鳴く仕種が同じであることを言うことが分かる。
つまり全く異なった本義と字形の二字が各々その作字に至る際に同じ動機を有することを「同意」と表現していることが判る。逆に謂えば「同じ作字の動機」を有しても、「異方向性の義」を有さない二字を「同意」とは言わないのである。


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