<漢字解釈の方法論とその解析技術による新たな歴史の発見>

漢籍解釈を難解なものにしている最たる原因は嘗て平易に使っていた語法を現代人が知らないことである。これを前出の『魏志』倭人伝(以降「伝」という)に載る「従と自」、「至と到」、「行と又」、の三つのペアをモデルに実証してみよう。新たな歴史の事象が垣間見えてくる。
一、転注文字の用法の原理に則り使用される「と自」、「至と到」のツーペアの漢字について
上のツーペアの4字は「伝」中の区間叙述に以下のように載る。

  1. 倭循海岸水行歴韓國乍南乍東其北岸狗邪韓國七千餘里」

(郡から倭に至るには、郡より海岸に沿って水行し、韓国内陸を南行きと東行きを繰り返しながら倭の北岸「狗邪韓国」に到る。この間七千餘里である。)

  1. 女王國萬二千餘里」

(郡より女王國に至る。この間万二千餘里である。)
と自」の二字は共に二点間の空間距離の起点に伴う前置詞である。「~ヨリ」の意に用いられている。「至と到」の二字は共に終点地名の前に置かれる詞である。「~にイタル」の意に用いられている。漢字学的には各ペアの前の字と後のそれは本字と転注字の関係にある。それぞれ英語の「from~」「to~」に相当する。
この項の着眼点は何故「from」の意味に「従と自」の二字を、「to」の意味に「至と到」の二字が強いて使い分けられているか、ということである。結論を先に述べると、それぞれの二字の関係に転注文字の用法を託し、①と②のルートが起点の郡を共有するものの、別の方向に旅立ち、「至」字を前置詞とする女王國へのルートが本源的道程であり、「到」字を前置詞とする狗邪韓国へのルートが郡より派生的に伸びた脇道であることを端的に表現しているのである。
詳しく述べよう。
(一)、「從と自」の相違について
「伝」に「從」と「自」の二字が「from~」、つまり「~ヨリ」の意味に使われている。何故、一つの「~ヨリ」と言う表現の為に「從」と「自」と言う二つの別字を強いて使い分けるのか。ここに作為性がある。この「從」と「自」と言う二字は共に「~ヨリ」という同意を持つが、字形も本義も異なっている。その相違性が①文と②文の主意の相違性を培う淵源になっている。つまり「從」字にない義を「自」字が持ち「自」字にない義を「從」字が持つと言う関係が二文の主意の相違性を創出しているのである。
これが二字の引用される理由である。
そこで「伝」が270年頃完成したことから、その120年ほど前に書かれた許慎の『説文解字』に依りこの二字の本義を比べてみる。引伸の進み具合が少なかろう、と見るからである。
1、「從」字について
「從」字は『説文』に次のように書かれている。
「從、随行也。从辵从。从亦聲」。
訳は(「從」とは「随行」である。「辵」字と「从」字に従っている。「从」字は聲符でもある)となる。
本義は「随行」である。しかし要注意なのはこの「随行」が今日使われている、人の供となって従い行くと言う義を持たないことである。「随」字の本義は「從也」とある。その義符は「从辵」である。つまり「辵」字の義に因っている。 
「從」字の義符は「从辵从。从亦聲」とあり、「從」字が会意形声文字であることが判る。と同時に「辵と从」の二字の本義が重なって出来る新たな意味範囲に「從」字の本義があることになる。「随と從」の二字の義符に「辵」字が共存する。
そこで「辵」を先ず検証する。
『説文』によると「辵」の本義は「乍行乍止也」である。「乍~乍~」と言う形の句は二つの「乍」字の次の動作を順次繰り返す句である。随って「行と止」の二字は繰り返す。「乍行」の「行」字には進む者が止まる、という意味がある。(後に詳述する。)随って「乍行乍止」とは、厳格に言えば 「①ススミ、そして②止まる」という動作と、③「止まる」という、三つの順にある行為を繰り返す意なのである。止まったものを、更に「止」まると、許慎が述べるのは、③の「止」字が②のそれとは異なった「トマル」の意であることに他ならない。「從」字の本義「随行也」の「行」字も同様に看做せばいい。「乍止」の「止」とは、単に進む者が止まるという意ではなく、停泊することを意味している。つまりstop,stand等の義ではなくstayの義である。旅先で 暫く宿泊することである。
随って「倭循海岸水行歴韓國乍南乍東其北岸狗邪韓國七千餘里」という文には「歴韓國乍南乍東」とあり、諸韓国を歴(ふ)ると記されているのである。
2、「自」字について
「自」字の『説文解字』の扱いは次の通りである。
「自、鼻也。象鼻形、」
(鼻也。鼻の形を象る。)
段注は、1、(王部に曰くとして「自」は読みて「鼻」の若くす)2、(今俗に始めて生まれる子を作るに「鼻子」と為す)3、(「自」字は「鼻」の古字である)と言う。この三点から、玉裁は、許慎が 「自」と「鼻」の二字を同義と判断したことが分かる。
しかし、ここで重要なのは、「鼻」字が「始」字と通じている理由である。どのように通じているかと言うと、古代中国では胎生動物は胎内で鼻から形成されると信じられていたからである。始めての子を「鼻子」と作り、「始祖」を「鼻祖」と作る。「鼻と始」の二字が同義であり、「自」字は「鼻」字の古体であることから、「自」字が、「始まる」という意に使用される至当性が立証される。
随って、「女王國萬二千餘里」のように「自郡」とあれば「郡ヨリ」と訳され、「郡」 が「女王國」への「始まり」の意となる。
3、「從と自」の二字使用で何が語られるか
「從と自」の二字は共に「~ヨリ」の意に使われている。「~」は地名を意味する。この二字は転注文字の関係にある。「從」字は「自」字の転注文字であり、「自」字はその本字である。
「從」字を用いた「倭」という句は郡より倭に至る間、南下と東進を繰り返し、次々に韓国を経過することを告げている。郡より先ず水行するがその後韓地に上陸し、朝鮮半島を東南方向に下がり狗邪韓國に至る。
「從」の字義を持たない「自」字は「自郡至女王國萬二千餘里」の様に使われるが朝鮮半島の陸路を経過せずに女王國に入る。つまり郡より海路にて倭地入りする。
以上の如く「從と自」の二字は郡より倭へのルートが陸路と海路に分かれていることを表す目的で使用されている。


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